福岡県行橋市犀川町で不思議な石を見つけた!
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皆様、明けましておめでとうございます。 本年も宜しく御願い申し上げます・・・ 遅〜い、挨拶 ゴメンちゃい! 昨日(3日)主人とドライブ中、不思議石発見 場所は福岡県行橋市犀川町 大きな石が中石に支えられてる様子 ふと・・大石の丸み帯びた感じを見ると何千年・何万年前 この辺り一帯は、川で流され・流されて丸み帯びたのかな〜? (8460のノアの洪水時代かもね!) とか思いながら撮影しました。 ちょこっと暗いけどね!
上の写真は全体の風景 下ははズーム
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梅さん、写真ありがとうございます。 メッチャ、変な石ぃ〜! 何か意味ありそうで無さそうで! もし、この石に何か意味があったら 「ドヒャ〜」 なんですが。 ひょっとしてどなたかが、この石の意味を教えてくださるかも。
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jula です。 ざーっと検索かけてみました。 写真の巨大な岩についてはちょっと見当たらない感じです。 しかしその辺りは城跡があり、岩の産地でもあるようですね。 神社も沢山あるようです。 地名としては京都(みやこ)郡というのが付いて 福岡県行橋市京都郡犀川町 なんて感じのようです。 巨岩の下の白っぽい石が石材として利用されているものなんじゃないかと思います。
石の産地でもあり、近くに城跡もあるようです。 もしかしたら人為的に何かをしたものなのかもしれませんね。
福岡県行橋市犀川町 遺跡 で検索
http://machi.goo.ne.jp/snd/spotID_TO40001558/ 御所ヶ谷神籠石 行橋市の南西部の御所ヶ岳山頂から山麓一帯にかけて、のべ3kmにわたって花崗岩の切 り石と土塁をめぐらせた遺跡。7世紀ころに大陸の攻撃にそなえて築かれた山城といわ れる
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九州・豊の国の五十猛命 Welcome to Toyo-no-kuni.Sorry The Japanese Language only. 豊國は素盞嗚尊・五十猛命が西へ通った道筋、国東は木の国である。
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http://www.ishicoro.com/meiseki/utugaki/uchigaki.htm - 5k - キャッシュ - 関連ページ
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御所ヶ谷神籠石 で検索
http://www.city.yukuhashi.fukuoka.jp/
指定種別 史跡 福岡県京都郡犀川町大字木山 指定年月日 昭和28年(1953)11月14日 平成10年(1998)9月11日 「神籠石」とは何か 久留米の高良山にある列石が古くから「神籠石(こうごいし)」と呼ばれていたため に、北部九州から瀬戸内海沿岸に分布する同種の遺跡も「神籠石」と名付けられました 。明治から大正時代にかけて、「神籠石」が何であるか論争が続きましたが、1960年代 から始まった各地の神籠石の発掘調査で列石が土の城壁(土塁)の基礎であることが確 認され古代の山城であることがわかりました。 「神籠石」とは本来神が降臨する磐座のことですが、すでに遺跡名として定着してお り、近年では「神籠石式山城」とも呼ばれています。 築造の時期と目的 神籠石は築造の記録が残されていませんが、発掘調査で出土した土器などから7世紀 の後半に築かれたと推定されます。 663年、百済救援のために朝鮮半島に派兵したわが国は白村江で唐と新羅の連合軍に 敗退しました。敗戦後、唐、新羅軍の侵攻に備え防人と烽(のろし)を配置するととも に大野城、基肄城、金田城など山城を築き国防体制の強化を急ぎました。神籠石式山城 もこの戦いの前後に国土防衛のために築かれたと思われます。 御所ヶ谷神籠石の構造 御所ヶ谷神籠石は、標高246.9mのホトギ山から西に伸びる尾根の主に北斜面に広が る遺跡です。城の外周は3qで地形の険しいホトギ山頂周辺を除いて2q以上にわたって 版築工法で土をつき固めて築いた高さ3〜5mの土塁をめぐらせています。土塁が谷を渡 る部分は排水口を備えた石塁が築かれます。7つある城門のうち中門には花崗岩の切石 を巧みに積み上げ排水口を設けた巨大な石塁が残っています。城内には建物の礎石や貯 水池の跡と思われる遺構、未完成の土塁などもあります。
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御所ヶ谷神籠石見てある記(4) [2006-11-21 23:40 by tarov-e-log]
http://archaelog.exblog.jp/tags/%E7%A5%9E% 御所ヶ谷神籠石見てある記(3) [2006-11-19 23:53 by tarov-e-log]
http://archaelog.exblog.jp/tags/%E7%A5%9E%E7% 御所ヶ谷神籠石見てある記(2) [2006-11-18 18:01 by tarov-e-log]
http://archaelog.exblog.jp/tags/%E7%A5%9E%E7% 御所ヶ谷神籠石見てある記(1) [2006-11-11 18:35 by tarov-e-log]
http://archaelog.exblog.jp/tags/%E7%A5%9E% 神籠石型山城の展開-斉明天皇の朝倉橘広庭宮とその防衛網- [2006-11-07 23:12 by ta rov-e-log]
http://archaelog.exblog.jp/tags/%E7%A5%9E%
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御所ヶ谷神籠石は、福岡県行橋市大字津積(つつみ)ほかに所在する古代山城である 。 周防灘に面した京都平野の南部に位置し、花崗岩からなる標高246.9mのホトギ山の 北西斜面に広がる。 この山中に石塁や礎石群が存在することは、元禄年間には知られており、この礎石が 『日本書紀』の景行天皇条に見える長峡行宮ではないかと考えられていた。 そのようなことから、この地を「御所ヶ谷」と呼ばれるようになったものと思われ、 ひいては京都(みやこ)郡と名づけたのだという。
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