★今イラク石油省で起きていること。「契約」の名による横領。名目上イラク所有は残し多国籍石油企業との「協定」で実質的収奪。★「イラク石油マップ」とそれに群がっている「多国籍企業リスト」
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先に、 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」 と説明した幽霊たちの具体的な正体です。
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http://www.asyura2.com/0601/war77/msg/232.html 投稿者 Wotan 日時 2006 年 1 月 02 日 21:44:05: AUfjWBSd5iP8w
Crude Designs: The Rip-Off of Iraq’s Oil Wealth
http://www.globalpolicy.org/security/oil/ 上記論文の「要約」と「結論」の要約・抄訳です。 現在、イラク石油省と多国籍石油企業の間で、「生産シェア協定」(PSA)が作成されつつあり、2006年早い時期の締結か目指されている。 この協定によれば、未開発の埋蔵確認油田の大部分が多国籍石油企業によって開発されることになる。 イラク新政府が弱く、占領下に置かれている間に進められているこの「協定」によれば、イラクが、石油産業をコントロールし計画する能力を否定。 イラクは、将来にわたって巨額の石油収入を失うことになる。 そして、将来、多国籍石油企業の利益に影響を与えるような立法措置がなされた場合も見据えて、その条項から多国籍企業が免責されることがあらかじめ含まれている。 この「協定」は長期にわたって、25年から40年間、政府を拘束することになる。 これに対するイラクからの異議は、国際仲裁裁判で処理され、イラクの国益や国内法は無視される。 イラク石油産業の「民営化」に着目する議論は、石油資源の法的所有に目を奪われており、真の問題、石油開発とその収入が公的コントロールに置かれるのか、私的コントロールに置かれるのかが見落としている。 イラク石油省の重要人物によって支持されているこのモデルは、1960年代後半から行われてきた「生産シェア協定」モデル(PSA)である。 これはきわめて政治的な目的をもっている。 形式上は、政府所有の形にしながら、協定上の特権(免許)によって、事実上所有しているのと同じような結果をもたらす。 このPSAモデルをイラクで実行することについては、03年イラク侵攻前に「イラクの将来プロジェクト」(the Future of Iraq project)と米国務省によって提案され、その後CPA、暫定政府へ引き継がれた。イラク新憲法もあいまいではあるが、外国企業へのドアをあけるものとなっており、また、イラク新憲法が、石油資源についての分権化を示唆しているため、外国企業との交渉には交渉力の弱い地方政府があたることになる。 しかし、IAEAによれば、PSAという形態は世界の石油資源の12%でしかなく、しかも小規模油田や、コストのかかる油田、埋蔵の不確定な油田での採用となっており、イラクの条件とは異なる。中東の有力生産者はこのような協定を結んでいない。 結んでいるところも後悔している。ロシアでは90年代の民営化で、このようなPSAを結んだ結果、数 十億ドルのコストが政府にのしかかっている。 この形態では、外国企業からの投資が義務付けられるか、それを越える収入を外国企業に与えることになる。 Executive Summary While the Iraqi people struggle to define their future amid political chaos and violence, the fate of their most valuable economic asset, oil, is being decided behind closed doors. This report reveals how an oil policy with origins in the US State Department is on course to be adopted in Iraq, soon after the December elections, with no public debate and at enormous potential cost. The policy allocates the majority (1) of Iraq’s oilfields ? accounting for at least 64% of the country’s oil reserves ? for development by multinational oil companies. Iraqi public opinion is strongly opposed to handing control over oil development to foreign companies. But with the active involvement of the US and British governments a group of powerful Iraqi politicians and technocrats is pushing for a system of long term contracts with foreign oil companies which will be beyond the reach of Iraqi courts, public scrutiny or democratic control.
COSTING IRAQ BILLIONS
A RADICAL DEPARTURE
IN WHOSE INTERESTS? 中略 ? Conclusion
We have seen in the preceding chapters that, under the influence of the US and the UK, powerful politicians and technocrats in the Iraqi Oil Ministry are pushing to hand all of Iraq’s undeveloped fields to multinational oil companies, to be developed under production sharing agreements. They aim to do this in the early part of 2006.
The results for Iraq would be devastating:
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http://www.asyura2.com/0601/war77/msg/236.html 投稿者 Sun Shine 日時 2006 年 1 月 02 日 22:52:53: edtzBi/ieTlqA (回答先: 今イラク石油省で起きていること。「契約」の名による横領。名目上イラク所有は残し多国籍石油企業との「協定」で実質的収奪。 投稿者 Wotan 日時 2006 年 1 月 02 日 21:44:05) すでにここで取り上げられているかどうか知りませんが、アメリカの司法ウオッチ・ドッグ(Judical Watch)が公表しているイラク石油マップとそれに群がっている多国籍企業リストです(PDFなので貼り付けできません。従って、下記に書きました)。
イラク石油マップ
多国籍企業リスト もしこれでリンクできないようでしたら、下記のサイトから「Iraq Oil Map PDF」などへ、行ってください http://www.judicialwatch.org/071703.c_.shtml
【全訳】米国はネオ・リベラリズムをどのようにイラクに移植してきたのか(ハーバート・ドセナ:CSCAweb) 投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 10 月 04 日 06:05:46: SO0fHq1bYvRzo 【全訳】米国はネオ・リベラリズムをどのようにイラクに移植してきたのか(ハーバート・ドセナ:CSCAweb) 著者のハーバート・ドセナ(Herbert Docena)氏は日本でも有名ですからご存知の方も多いと思いますが、フィリピンのジャーナリストで、バンコクに本部のある「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス(Focus on the Global South)」の研究員です。 この記事はホンコンに本局を置きタイに支局のあるアジア・タイムズ紙9月1日付に掲載され、9月26日にスペインの団体CSCA(アラブの理想連帯委員会Comite de Solidaridad con la Causa Arabe)のインターネット機関紙がスペイン語訳を掲載、9月29日に情報誌レベリオンに転載されたものです。ただし原文(おそらく英文)はまだ見つけていません。 ひょっとするとどこかの団体ですでに日本語訳がなされているのかもしれませんが、イラク戦争の持つ最大のポイントを知る資料として非常に重要だと思いますので、スペイン語からの和訳を阿修羅に投稿します。政治・経済用語などで不確かな点があるかもしれませんが、もし不適切な用語と思われるものを発見されたらお知らせください。 拙訳の転載や引用はご自由に行っていただいて構いませんが、もし全文を転載していただく場合には下の・・・・で挟まれた部分を添えていただいた方が良いと思います。
![]() この文章は2005年9月1日付Asia Timesに掲載され(英文)、Natalia Litvinaがスペイン語訳を施して9月26日にCSCAwebに掲載されたものです。日本語訳はスペイン語から行われました。(阿修羅掲示板、バルセロナより愛をこめて) なお訳文中の【 】内は訳者による注記です。
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http://www.nodo50.org/csca/agenda05/ CSCAweb 26 de septiembre 2005 「イラク建設計画」について 米国はネオ・リベラリズムをどのようにイラクに移植してきたのか ハーバート・ドセナ 『暫定政府の指導者たちに手助けされる実際の計画について、草案にはおそらく「最新のテクニックと市場原理」を通して、と述べられているだろう。それはイラクの国営石油公社を民営化すること、そして地下の石油を巨大石油企業に解放することである。』
![]() 第25条:国家は近代的な経済基盤に合致するイラク経済の改革を保証するであろう。その形態は、その財源を多様化させ私営部門を推進させ発展させながら、十分な資本投資を保証するものとする。
![]() 去る6月30日に、イラクの新聞アル・マダはイラクの政治家たちが交渉しなければならなかったイラク憲法の最後の草案を公表した[1]。その内容は、以前の占領統治機構の最高責任者であったポール・ブレマーが心臓発作に見舞われるのに十分であったのかもしれない。 イラク人たちは、米国に協力したいと望む者を含めて、この国の莫大な石油資源を各イラク国民への教育、保健、住宅などの社会サービスに振り向けながら、アラビアの砂漠の半分でスカンジナビア・スタイルの福祉システムを建設することを、せめて紙の上でだけでも、望んでいたのである。 『社会正義は社会の建設の基盤である』とその草案は語っていた。 イラクの天然資源のすべてはイラク国民共有の財産であるはずだった。 全員が働ける権利を有し、国家は法的に全員の雇用機会を与える義務を負うはずだった。国家はイラク国民全員が発展を成し遂げるための道具となるはずだった。(少し下のほうに書かれてあるその草案の特徴に目を通してもらいたい。) 言い換えると、イラク人たちは、米国人たちがイラクにやって来たときに意図していたものとは異なる国を望んでいるのであろう。 あるいは少なくとも憲法草案を準備していた者たちは、ブレマーや他の米国の係官たちが占領以来イラクに作ろうとしてきた経済・政治システムのタイプを知ることすらしたくなかったのである。 占領当局者が望んでいたものは『外国人投資家の予定者リスト』を決めることだった。 そしてそれは、雑誌エコノミストが描いたように、2003年に彼らがこの国に押し付け始めた経済政策だったのだ[2]。 直接の占領統治者として米国は、この国の市場で外国とイラクの投資家に同等の権利を与え利益を全面的にイラクに戻すことができる法律を提案する。 つまり以下のことに関する法である; 分かりやすい監査制度(固定収入に対する税)のシステムを設置する; 固定価格を廃止する;知的財産に関する権利を守る厳しい制度を完成させる; 公営企業の売却を許す;燃料と食料への補助金を減額する; 保健、教育、給水などあらゆる種類の公共サービスを民営化させる。 去る7月にその次の修正案が発表されたとき、あらゆる進歩的な提案は憲法草案から消し去られていたのだ。 「集中的な外交」 イラクのための永続的な憲法を書き上げることは、米国および占領の初めからこれに協力してきたイラクの政党の統治によってもたらされた政治的な移行のプロセスの、最後の一歩である。 このプロセスの一つ一つの段階で、米国は、イラクにおけるその根本的な利益を強化し守ることが出来るはずの政策を制限してきた。 占領の正式な終了後まで含めて彼らを代表するであろうこれらのイラク人たちを保護しながらである[3]。 軍事作戦を開始する以前に、米国は亡命イラク人の様々なグループと会合を持った。彼らは侵略を手伝おうとしていただけではなく自由市場政策を擁護し同盟国軍の存在を許すつもりでいたのだ。2003年6月に米国は、移行期のイラクにおける最初のものとなるべき政治的機関、イラク統治評議会(IGC)のメンバーを選出した。統治評議会と共に暫定憲法の草案を作成した米国の法律家たちは、占領下に発布されたあらゆる法律が将来のイラク暫定政府に引き継がれることを確約した[4]。 2004年6月に米国はその政府の「主権」を承認したが、その首相と側近たちは米国によって選ばれた者たちであった[5]。 元CIAのエージェントであるイヤッド・アラウイの政党への支援の終了に伴う2005年1月【注記:スペイン語訳文では2004年となっているがこれは明らかな誤植】に行われた暫定議会の選挙では、イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)やイスラム政党Da'awaに支配される同盟軍の周辺部の力を弱めるために、包み隠されていると同時に実に開放的な作戦を遂行した[6]。 米国がアラウイをその地位に据えなかったにも関わらず、後にSCIRIやDa'awa党は米国主導のアジェンダを擁護した。 すなわち、石油部門の民営化と同盟軍の存在である。 イラク人たちがその永続的な憲法を作成し始めて以来、米国の係官たちはどの瞬間にも彼らと共に居た。 グリーンゾーンの外で、その話し合いは16万人の米国とその同盟国の兵士に守られた。 その中でその中心は、1998年以来イラクへの侵略を呼びかけていたアメリカ新世紀プロジェクトのメンバーであり米国大使を辞任したばかりのジャルマイ・ハリルザドの役割であった。 かつてタリバン政権と米国政府の仲介役として勤めながら、ハリルザドはアフガニスタンでUnocal【注記:アフガニスタン経由でパキスタンに石油を輸送する計画を立てた会社。本社はカリフォルニア。】のために働いたのだった。その後アフガニスタンの大統領選挙で親米派の候補ハミッド・カルザイの「キャンペーン総責任者」を勤めたとして非難された [7]。 本当の討論が行われていた場所の閉ざされたドアの後ろで、ハリルザドは、ワシントンポストに「全能の存在」として、またフィナンシャル・タイムズには「交渉に偉大な役割を果す」人物として描写された[8]。 国務省の係官の一人はハリルザドの活動を「集中的な外交」と定義した[9]。 マスコミが米国の係官を(間に合うならばという条件で)憲法の内容に対して冷淡で無関心であると書き立てる一方で、ハリルザドの米国外交チームはイラク人に対する自らの筋書きを提示し続けた[10]。 彼のイラク大統領や報道官やその他の高官たちとの恒常的な会談で、ハリルザドは米国大使館の係官たちの支援を受けた。ワシントンポストによると、大使館員は「草案をタイプで打ちイラクの議員たちのために英語の修正案をアラブ語に翻訳する」ために、クルド人の政党と一緒に働いていたのだ[11]。 憲法制定委員会メンバーでクルド人のマフムッド・オトゥマンは、選挙管理委員会に参加していたが、次のように不満を述べた。「米国人たちは干渉しないと言うが、根本的な干渉をしてきている。彼らは我々に、ほとんど完全な憲法の草案である詳細に渡る提案を行った。 あらゆる政治勢力との間に一つの合意を取り付けようとしている。米国の係官は当のイラク人自身よりもこの憲法により関心を持っている。なぜなら憲法が8月15日までに制定されるだろうと自国民に約束したからだ。」と[12]。 オトゥマンの話によると、米国の係官たちは中立的な調整役としては行動しなかった。 米国と英国の立法者たちは「自国内の日程のために進んでいた」のである。 彼はまた米国の係官がイラク人たちと秘密会議で話していることを嘆いた。 彼は「これは逆効果だ。もし彼らが何か言うべきことがあるのなら、どうして委員会の全員の前で話をしないのだろう。」と語る[13]。 ネチルヴァン・バルザニはアルビルにあるクルド地方政府の首相で米国に最も信任の厚い一人だが、オトゥマンの非難を認めて「米国と英国は舞台裏で行動している。 あらゆるグループと交渉しながら『これとこれが為されなければならない』と言いながらだ。」と語った[14]。 ハリルザドは舞台裏だけではなく表立っても現れた。 最後の段階の直前の8月15日に、彼はイラク議会のサロンに躍り出て、そこでイラク大統領ハラル・タラバニから「親愛なる兄弟」として紹介されたのだ[15]。 イラクの外務長官は以前に米国が新しい憲法草案を作成するのに主要な役割をするように懇願していたのだが、そのことはハリルザドの介入が全員にとって全く不都合なものではなかったということを証明している[16]。 ハリルザドによる勧告を補強するために、さる8月24日に大統領ジョージ・W.ブッシュは、憲法について語るためにSCIRIのリーダーであるアブドゥル・アジズ・アル・ハキムに個人的に電話をかけた[17]。 8月27日に延長の期限が切れる直前に、そして合意を結ぶ毎夜を徹しての集中した作業の後、シーア派とクルド人のリーダーが草案の決定を伝えた際に、ハリルザドは再度彼らの側に立って公衆の前に姿を現した[18]。現時点でのイラクにとってこれが正しいと言いながら、誰がその正邪を決めていたのかを語ること無しに、批判者に対してこの案を擁護した [19]。 ハリルザドとその米英外交チームがその場面に居た一方で、憲法委員会のメンバーである一部のイラク人たちの役割は単なる形だけのものに縮められた。あるシーア派のメンバーは次のように認めた。 「我々は憲法作成に大した役を果さなかった。我々は軽視されていたという感想を持つ。重要な決定をする際に彼らが我々と相談することは無かった。[20]」スンニ派のある交渉者は「この憲法は米国の台所で料理された。イラクのではない。」とまとめた[21]。 ネオリベラル憲法の一盛り 決定されたイラク憲法草案は8月28日に議事にかけられたのだが、以前の盛り付けと比べると非常に異なるものであったと言わざるをえない。 以前の草案の中にあった重要な食材のいくらかが消えていただけではなく、明らかにネオリベラルの味がする新たなものが加えられていたのである。 経済の基盤となる社会正義を貫くことを要求していた項目が姿を消した。 その代わりに「その資金源を様々に広げながらその財源を完全に利用することを確実にするように、民営部門を刺激し発展させながら、近代的経済の基盤に見合うイラク経済の改革を行うこと。」が提案されていた。 その憲法の産みの元を「改革する」と言いながら、それは世界中の10ほどの開発途上国のためにすでに描かれていたネオリベラル的な経済「改革」に伴う典型を述べていたのだ。 それは、国営企業の民営化、経済の自由化、市場の規制緩和、そして外国からの投資の開放を含んでいる。 ブレマーの法律、つまりこのネオリベラル政策を実際に押し付ける占領当局によって発布された条例を取り消すどころか、この憲法草案はイラク人にそれを完成させるように義務付けるのであろう。 もう一つ別の条項案は次のように繰り返す。 「この国は、様々な分野で投資を保証し刺激しなければならない。」 同様に、この国の石油とその他の天然資源は国がそれを防衛し保護しなければならずその所有者はイラク国民全体である、と指名していた条項が消えた。 その代わりに、新たな一つの条項がイラクの石油を売ってそれを巨大国際企業の管理下に置くための合法的な基盤を準備している。 第110章はもっとはなはだしいものであり、次のように詳しく説明している。「連邦政府と生産地の地方政府は、最新の技術を使用し投資家たちのために有利な条件を作りながら、イラク国民のための主要な利益を得るために、石油とガスによる豊かさを増進させるための必要な施策を施すことになろう。」 おそらくこの草案は、暫定政府の高官たちの援助で「市場原理の近代的テクニック」を使って現行の計画を語っているのであろう。それは国営イラク石油会社を民営化すること、そして巨大石油企業に埋蔵石油を開放することである。 同様の計画を述べながら、SCIRIリーダーで現イラク副大統領のアディル・アブデル・マハディは選挙の少し前にワシントンの講演会で次のように述べた。 「これは投資家と米国企業にとって非常に有利なものです。特に石油企業にとっては。」と[22]。 憲法に関する交渉の間に、たまたま偶然に、SCIRIのアル・ハキムはイラクの18の地方のうち9つを含む南部のシーア派自治区の制定を主張した。 憲法草案はこの自治制度が、現存の油田と将来の開発によるすべての油田から来る利益の実質的な部分を確保しつつ、それ独自の石油政策を決定するかもしれないということを想定していた。 連邦制の問題に関する米国の態度は、この国の埋蔵石油を誰といっしょに管理するのかを知るために極めて重要である。 北部のクルド人と南部のシーア派であるが、彼らはその民営化に賛成しなければならなかった。 マスコミが断定していることとは逆に、イラク人の大多数はシーア派もスンニ派もともに、連邦制には反対している。 自由市場の利益に沿う政党の仕組みを作る目的で米国政府の肝いりで作られた機関である共和党国際研究所【注記:International Republican Institute】によって、2005年7月に行われた研究によると、イラク全国の69%の国民が「強力な中央政府」を確立させることを望み、わずかに22%が「明確な権力を持つ地方政府」を望んでいるに過ぎない。 加うるに、大部分がシーア派である南部の地域でさえ、連邦制を25%しか望んでおらず、66%がそれに反対しているのである[23]。 憲法が石油生産地域に独自の石油政策を決定する権利を与えている一方で、中央政府が「イラクの労働力と資材と資本を各地域と県に自由に流通させることを保証しなければならない」と定めている。 この中央政府と地域との違いは、ネオリベラルの立法者が弁護することによって「自由市場にとって役に立つ連邦主義」の型の中にはまるのである。 中央政府は単にこの国の共同の市場を維持するために承認されるだけであって、一方で力を弱められた自治政府が実際には市場を調整するものとなる。 ネオリベラルたちにとってこの連邦主義が役に立つのであって、各地域は自由な商売の障害にはならないうえに、労働者のための政策や環境政策、つまり一般的な社会政策を推進させるほど強くもならないのである[24]。 この憲法はイラク人たちの活動に偶然の幸運をもたらす場を準備する。 それは不動産や外国人や多国籍企業によるその他の資本であろう。 6月に提案された草案が「イラク人たちは制限を受けることなくそのすべての土地の資産について完全なそして無条件の権利を持つ」と規定していたのに対して、決定案では「無条件に」や「制限を受けることなく」といった表現は削られ、その代わりに「法によっての免責事項を除き」という修飾が付け加えられている。 ブレマーの命令第39がすでに外国人たちにイラクで資産を持つことを許していることを考慮に入れ、この命令が実際に一つの法に変えられる予定であることを計算に入れると、この憲法はイラク人たちが自分の国での活動の成果を専有する権利を終わらせるものである。 たとえ石油が今のところ含まれていなくても、イラクの立法者たちの声明から判断すると、すぐにそうなるだろう。 発展途上にある多くの国の憲法には、その国の国民のために、土地や天然資源といったその国の経済分野の一部である、いわゆる「天然の財産」を保護するための法律が、共通して存在する。しかしイラクの憲法には存在しない。 新聞は石油を巡って喧嘩をするスンニ派とシーア派とクルド人の歴史を披露するのだが、イラク人と非イラク人の間の争いに対する視点は失われている。 この憲法は、非イラク人が、イラクの石油に対して当のイラク人と同等の権利を持つような場を整えようとしている。 6月の草案はイラク人の財産のための広範な約束を含んでいた。 それには教育や無料の医療が含まれていた。 国際通貨基金(IMF)はイラク人に対する公的補助金を制限することに固執したのだが、それら憲法の原則の中に彼らが与える指示にとって厳しい法的な障害がある事実に出くわすこととなった。 7月の草案では、国家はそうしてよいと許される条件の範囲内で国民の資産に関する公共サービスを与える、とされた。最終草案ではここらのサービスについてあいまいには述べられている。 しかし同時に、これらのサービスに携わる公共部門の役割について新たな論考が導入されている。 これらの細かい変更は示唆に富んでいる。 なぜならそれらは、イラクの教育と保健の部門を再編成させるために作られたUSAIDによってすでに代弁されてきたイラクの公共サービスの全面的な民営化が次に続くことを告げているからである。 次のことが指摘されるべきである。 イラクの建設は国家の目標として「テロとの闘い」を語るおそらく世界で唯一のものである。 「テロリズム」という用語は親米派のイラク人と米国の係官たちによって抵抗運動について語るために使用されてきているものだが、この建設のキーワードは、占領に反対しそれがもたらす政治プロセスに反対する勢力に対する軍事作戦の続行を法的に合理化することを可能にするものである。 他の国々でも起こったように、「テロとの闘い」はイラクでの軍の常駐を正当化するために利用されうる 法の帝国 イラク憲法の内容は、ネオリベラルのモデルに従ってイラクの経済を再建させることに携わる者たちのために、巨大な利益となる。 国家の最高法規として、憲法は、その上でイラクのネオリベラルのビルディングが建てられるために合法的な基盤を確立させる。 いわゆる「法の帝国」は、16万人の占領軍が撤退したずっと後になってまで、経済における政府の縮小された役割、自由経済、投資の規則、民営化のプログラム、そして他のネオリベラル政策を法的に弁護するために、常に引き合いに出されるであろう。 この意味でイラクは、世界中の数多くの発展途上国で憲法や法的システムの経済分野において、国民的あるいは進歩的なすべての法律を根絶させる方向性を持つ世界的な計画の、まさに最前線の一つに過ぎないのである。 国際的な投資家たちの一連の目的が受け入れられるのかどうかは、イラクの憲法がそれに合法性を与えるか否かにきわめて大きくかかっているのだ。 この憲法の中に好みの内容を導入するために、米国は、イラクの政治的な移行プロセスで前もって進めていたのと同様に、その政策を手助けする例のイラク人たちを勘定に入れている。 他方そのようなイラク人たちは彼ら自身の目論見を成し遂げるために米国の要求に自分たちを適合させた。 他のイラク人たち、つまり占領の終了を叫ぶ者たちは、憲法が作成される以前にその過程に参加することを拒否されていたのである。 新聞は、付け加えられた憲法の経済的な内容の意味を無視して、その文化的なそして党派的な内容にその声を集中させ、その双方にある関連性を見る視点を完璧に失った。 起こったことはおそらく次のようなことだ。 米国は憲法の中の宗教的ないくつかの項目には眼をつぶり、そして イラクの連邦制のシステムを確立することを認めた。 シーア派やクルドの政党が、そして経済に関する法律のネオリベラル的な変更が要求するように、である。 その要点では、投資家たちの権利が女性の権利よりもずっと重要だったのだ。 ブッシュ政権は、その利益が尊重されるのか、はともかく、イラク人たちがどんな政治的な合意を選択するのかとか、彼らがどの神を拝みたがるのかなどは、ほとんど心配していない。 交渉に先立つ時期の間中、イラク議会は莫大な情報によるキャンペーンを行った。 平均的なイラク人が憲法に何を望むのかを知る目的で、アンケートを送付したり国中でグループ討論会を開いたりした。 Knight Ridder【注記:カリフォルニアにある新聞社、情報通信社】のリポーターによって採り上げられた少なくとも一つの提案が6月の草案に反映されたが、最終案では姿を消した。 アンケートの項目の一つに次のようなものがあった。 「イラク人たちはイラクの中で交渉を行うことが出来るだけで、もし外国人が加わるならば49%を上回ることは出来ない[25]。 」6月の草案は、極めて疑わしい法的な根拠で選ばれた者たちではあったが、イラク人自身の手で書き上げられた。 しかしこれは少なくとも、もしハリルザドが常にそれをコントロールしていなければ、どのようなタイプの憲法を彼らが求めていたのか、の一つのアイデアを示してくれる。 彼らもまた自分自身の利益を持っているのだ。 [脚注]
[1]"Constitution of Iraq: Draft Bill of Rights," Nathan J Brown Carnegie, Endowment for International Peace (27/07/2005)を見よ。
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