良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4125 


月光の巻第四十六帖 (833)・第四十七帖 (834)・第四十八帖 (835) 


ロックさんのメール

ロックです。


月光の巻第四十六帖 (833)

考えてゐては何も成就せんぞ。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。

人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。

今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。

迷ひを払って真実に生きよ。

みたましづめぢゃ。

加実しづめぢゃ。

そなたは信仰のありかたを知らんぞ。

長い目で永遠の立場からの幸が、歓喜がおかげであるぞ。

局部的一時的には いやなことも起ってくるぞ。

天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそ まことの弥栄あるぞ。

だますものにはだまされてやれよ。

一先づだまされて、だまされんように導いて下されよ。

そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。

だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。

まことにだまされる修業が大切ぢゃなあ。


■平易意訳■

考えていて(行動に移さなければ)何も成就しません。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に永久に繁栄すればよいのです。

人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今までの考えです。

今までの考えでは人間の迷い(現実界だけの常識で構築されたもの?)だと言っているでしょう。

迷いを払って真実に生きて下さい。

身魂鎮めなのです。

加実(神)鎮めなのです。

そなたは信仰のあり方を知りませんよ。

長い目で見た永遠の立場からの幸せは「歓喜」が御利益なのですよ。

局部的一時的には、嫌なことも起こってきます。

天地を信じ、自分を知り、人を理解するところにこそ、真・誠の永久に繁栄があるのですよ。

騙す物には騙されてやりなさい。

一先ず騙されて、騙されないように導いて下さい。

そなたはそんな場合に 我を出すからしくじるのです。

騙されてやろうとするからカスが残るのです。

誠・真に騙される修行が大切です。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に永久に繁栄すればよいのです。

=ひふみの神の思いに触れているとき、神界と交流し、生きているのかなとも思ったりしました。

ここでの身魂鎮めに前後した内容がうまく説明できません。

迷いとしているのは、現実界だけの常識に囚われた考えのこと?

ここでの天地を信じ、の部分は「神界と現実界が繋がっていることを信じ」と取ってみました。

ジタバタトライ&エラーによる学びに繋がることを後半では述べているような気もしますが。

一先ず騙されて、騙されないように導くのは、経験をたくさん積まないと難しいですね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

考えていては何も成就しません。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に永久に繁栄すればよいのです。

人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考え方です。

今迄の考え方は人間の迷いです。

迷いを払って真実に生きなさい。

身魂を鎮めなさい。

神を鎮めなさい。

そなたは信仰の有り方を知りません。

長い目で見た、永遠の立場からの幸せは神の歓喜のお陰(御利益)であるのです。

局部的、一時的には嫌なことも起って来るのです。

天地を信じ、自分を知り、人を理解する所に、真・誠の永久の繁栄があるのです。

騙す相手に騙されてあげなさい。

一先だけ相手に騙されて、そして、相手に騙されない様に導いて下さい。

そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのです。

騙されてやろうとするから、心にカス滓が残るのです。

そなたは誠・真に騙される修業が大切です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

単なる願望達成や生活のやり方だけについて述べているなら、岡本天明生活手段編に入るかと思います。

信仰とか出てくるとちょっとその部分については創作臭くなるかも知れませんね。

『局部的一時的にはいやなことも起こってくるぞ。

天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそまことの弥栄あるぞ。』

この部分については、天地を信じると来ると創作臭くも感じますが、天地の状況や存在を理解して、自分を知り、 人を理解するとするならニュアンスは変わるかもしれません。

個人的には作り物の太陽系という感じなので、天にも地にも神(月人や天使、ひふみの神の子)がいるというニュアンスならうなづけますが、、、

『だますものにはだまされてやれよ。

一先ずだまされて、だまされんように導いて下されよ。

そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。

だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。

まことにだまされる修行が大切じゃなあ。』

この辺りが、作戦上のポイントを述べているのであるなら太陽に関連する皆さんへの内容にもなるかと思うのですが、一先ず、信仰という言葉も出ているので岡本天明生活手段編にもチェックしておきたいと思います。


トッチさんのメール

トッチです。

「人間の迷い」は、神サタンに植えつけられた常識・洗脳ではないでしょうか。

そうしますと

「迷いを払ってください」

は、真実を理解して、洗脳から脱してくださいと捉えることが出来そうですけど。

「歓喜」=弥栄・進化だと思います。

長い目で、永遠の立場からの幸ですので。


ロックさんのメール

ロックです。

( ̄▽ ̄)vトッチさんありがとうございます。

とても助かります。

サタンの洗脳から抜けることも大事なことですね。


トッチさんのメール

トッチです。

大雑把な意見ですみません。

ロックさんの解説が一皮むけた様な印象を受けていますよん。

落ち着きを感じます。

あとは

「ロックさんに全て任せてお前は隠居して引っ込んでろい!」

って神が私に言っているように思えるのは気のせいではないかもね〜


ロックさんのメール

ロックてす。

トッチさん何を言ってるんですか(≧ε≦)

皆さんの考察があって出来てるだけですよ。

トッチさんの江戸弁版またみたいですねえ ( ̄▽ ̄)v


ロックです。


月光の巻 第四十七帖 (834)

八のつく日に気つけと申してあろう。

八とはひらくことぞ。

ものごとはひらく時が大切ぢゃ。

第一歩の前に歩があるぞ。

歩が大切ぞ。

心せよ。

そなたは行き詰って苦しんで御座るなれど、それは間違った道を歩んで来たからぞ。

行き詰りは有りがたいぞ。

省みる時を与えられたのぢゃ。

ミタマ磨きさえすれば何ごともハッキリとうつりて、楽に行ける道がちゃんとつくってあるのぢゃ。

その人その人に応じて如何ようにでも展け行くぞ。

犬猫でさえ楽々と栄えてゐるでないか。

洗濯次第でどんな神徳でも与えるぞ。

二月十八日。

使用された特殊文字 


■平易意訳■

八のつく日に気をつけてくださいと云っているでしょう。

八とは開くことなのです。

物事は開く時が大切です。

第一歩の前に○歩があります。

○歩が大切です。

そなたは行き詰まって苦しんでいますが、それは間違った道を歩んで来たからですよ。

行き詰まりはありがたいのです。

省見る時を与えられたのですから。

身魂磨きさえすれば何事もハッキリと映って、楽に行ける道がちゃんと作られてあるのです。

その人その人に応じて如何様にも展けて行くのです。

犬猫でさえ楽々と栄えているではないですか。

洗濯次第でどんな神徳でも与えますよ。

八とは開く日(末広がりに広がる日?)

第一歩の前に、○歩があるということは、歩く前の予備動作のこと?

最初にひふみの神の歩みを理解して、一歩目を進めるといいのかも知れませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

八のつく日に注意しなさい。

八とは開くことです。

(末広がりです)

ものごとは開く時が大切です。

第一歩の前に神の一歩があります。

神の一歩が大切です。

そなたは心しなさい。

そなたは行き詰って苦しんでいますが、それは間違った道を歩んで来たからです。

行き詰りは有り難いことなのです。

省みる時を与えられたのです。

身魂を磨きさえすれば、何ごともハッキリと映ります。

そうすれば、楽に行ける道がちゃんと作ってあるのです。

その人その人に応じて如何ようにでも展けて行くのです。

犬猫でさえ、楽々と栄えているではないですか。

身魂の洗濯次第で、神はどんな神徳でも与えるのです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

単なる願望達成や生活のやり方だけについて述べているなら、岡本天明生活手段編に入るかと思います。

信仰とか出てくるとちょっとその部分については創作臭くなるかも知れませんね。

『局部的一時的にはいやなことも起こってくるぞ。

天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそまことの弥栄あるぞ。』

この部分については、天地を信じると来ると創作臭くも感じますが、天地の状況や存在を理解して、自分を知り、人を理解するとするならニュアンスは変わるかもしれません。

個人的には作り物の太陽系という感じなので、天にも地にも神(月人や天使、ひふみの神の子)がいるというニュアンスならうなづけますが、、、

『 だますものにはだまされてやれよ。

一先ずだまされて、だまされんように導いて下されよ。

そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。

だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。

まことにだまされる修行が大切じゃなあ。』

この辺りが、作戦上のポイントを述べているのであるなら太陽に関連する皆さんへの内容にもなるかと思うのですが、一先ず、信仰という言葉も出ているので岡本天明生活手段編にもチェックしておきたいと思います。


julaさんのメール

jula です。

− こんな感じでどうでしょう。

ただ、“だます〜”のくだりは咀嚼できていないです。


考えてゐては何も成就せんぞ。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。

人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。

神界、霊界の存在を無いものとして、現実界だけで処理しようとするのが今迄の考え方です。

(手綱が引かれてない馬のみではどこに行ってしまうか、はたまたどこにも行かないか分かったものではありません。)

そのような考え方で考えていては何も成就するはずもありません。

神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのです。


今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。

神界、霊界の存在を無いものとして、現実界だけを見ていては迷うばかりです。


迷ひを払って真実に生きよ。

そんな迷いの考えを払って、神界、霊界あってこその現界である事を認識して、真実として生きてください。


みたましづめぢゃ。

加実しづめぢゃ。

現界のあなた方にこそ御魂がが納まります。

加実が収まります。


そなたは信仰のありかたを知らんぞ。

長い目で永遠の立場からの幸が、歓喜がおかげであるぞ。

局部的一時的には いやなことも起ってくるぞ。

例えばめぐりとり、借銭済ましなどとして現れてきます。

または損、病、怪我として現れるかもしれません。


天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそ まことの弥栄あるぞ。

天ばかりをあがめるのでなく、天の神地の神双方に感謝してください。

自分を良く知るように努めてください。

そこから他人を見てください。

その一方で他人を鏡としてください。

その鏡から自分を見つめてください。

(これは天の神と地の神双方を正しく認識することにも繋がっていきます)


だますものにはだまされてやれよ。

だまそうとする者にはだまされてあげなさい。


一先づだまされて、だまされんように導いて下されよ。

まず受け止め、受け入れる事で、導いてあげなさい。


そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。

あなたがたは、そうすべき時に自分の立場や主張を言い張るから反発を招いて 導くことも導かれることもできなくなってしまうのです。


だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。

しぶしぶ騙されたフリなどするから、かえってしこりや違和感が残ってしまうのです。


まことにだまされる修業が大切ぢゃなあ。

現界の考え方ではないまことにこそだまされ、受け止め、受け入れる修行が大切ですよ


月光の巻第四十八帖 (835)

世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘のてだてはあるのぢゃ。

大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。

神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。

泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、びっくりの道あるぞ。


■平易意訳■

世界中を泥の海にしなくてはいけないところまで、それより他に道のない所まで押迫って来たのですが、それでも一厘の手立てはあるのです。

大神様におわびを云ってすっかり心を改めてください。

神々様も人民様も心得違いが多いですよ
(この期に及んでも自分の所の神様が助けてくれると勘違いをしているのです)。

ノアの大洪水の直前にグレンと引っ繰り返し ビックリ
(宗教の信徒門徒の方々が救われないと思っていた方々の携挙)
の道があるのですよ。

ノアの大洪水の内容が出てきました。

大神様におわびを云ってすっかり心を改めることが、ミロクの一厘の発動に関係するとも読めます。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

世界中をノアの大洪水を起こし泥の海にしなければならないころまで、それより他に道のない所まで、押しせまって来たのです。

ですが、尚、一厘のてだてはあるのです。

大神様にお詫びを云って、すっかり心を改めることです。

神々さまも、人民さまも、心得違いが多いのです。

(そのようになっても、自分の所の宗教の神様が助けてくれると思いこんでいる。

このような信者・門徒が多いのです。)

ノアの大洪水で泥の海となる直前に、人民が死を覚悟したとき救助のUFO現れて携挙が始まるのです。

状況は死の恐怖から希望へとグレンとひっくり返るビックリの道があるのです。

ですから、「大神様にお詫びを云って、すっかり心を改める」ことです。

ロックさんの解釈 :(一巡目)

世界中をノアの大洪水によって流してしまわなければいけない他に道のない所まで来たのでありますが、それでも助かるための一厘の方法はあります。

あめのひつくのかみさまにおわび申してすっかり心を改めて下さい。

神々
(サタンの支配下に置かれている月人達?)
も支配層または宗教の信者達は勘違いをしている者が多いです。
ノアの大洪水の寸前にグレンとひっくりかえり
(己の立場を理解させられることが起きてしまうような)
びっくりの道もあります。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

このあたりは、臣民という言葉でなく人民と言う言葉がよく目に付きます。

この都市攻撃とノアの大洪水の事態を理解していない人たちのことを言って区別していっているのでしょうか。

一厘について説明出てきましたが一厘ってこんな簡単でいいのでしょうか?!

これはダミー臭いと思います。


ロックさんのメール

ロックです。

julaさん昨日の解読の考察ありがとうございました。

唸らされました。


月光の巻第四十九9帖 (836)

そなたの用意が足らんぞ。

日々の人間の御用を、神の御用と和すように、神の御用が人の御用、人の御用が神の御用となるのがまことの道であり、弥栄の道であり大歓喜であるぞ。

いつでも神かかれるように神かかってゐるように、神かかっていても、われにも他にも判らぬようになりて下されよ。

鍬とる百性が己をわすれ、大地をわすれ、鍬をわすれてゐる境地が、まことのみたましづめであり、神かかりであるぞ。

そこらでなさる行も、それに到る一つの道ではあるが、それのみではならんぞ。

気つけ合ってよきに進んで下されよ。

そなたが歩むのぢゃ。

道は自分で歩まねばならんぞ。

他人におんぶしたり、他人が歩かしてくれるのではないぞ。

そなたの力で、そなた自身の苦労で人を助けねばならんぞ。

人を助ければその人は神が助けるのであるぞ。

この道理なぜに判らんのぢゃ。

人を助けずに我を助けてくれと申しても、それは無理と申すもの。

神にも道はまげられんぞ。


■平易意訳■

そなたの用意が足りませんよ。

日々の人間の御用(やるべきこと)を、神の御用と和す(調和する、方向性を整える)ように、神の御用が人の御用、人の御用が神の御用となるのが真・誠の道であり、永久に繁栄する道であり大歓喜であるのです。

いつでも神かかれるように神かかっているように、神かかっていても、自分にも他にも判らないようになって下さい。

鍬を取る百姓が己を忘れ、大地を忘れ、鍬を忘れている境地が、誠・真の 身魂鎮めであり、神懸かりなのです。

そこら(その辺り=自分の身の回り、もしくは神かかりの境地にいたる過程)でする行も、神かかりの境地にいたる一つの道ですが、それのみではなりませんよ。

他人におんぶしたり、他人が歩かしてくれるのではありませんよ。

そなたの力で、そなた自身の苦労で人を助けなければなりません。

人を助ければその人は神が助けるのですよ。

この道理何故判りませんか。

人を助けずに我を助けてくれと云っても、 それは我良しで無理というもの。

神にも道は曲げられませんよ。

神かかりになるためには、人間である自分の御用(現実界で行っていること?)を、神の御用と 和す事が必要であるようです。

いつでも神かかれるように神かかっているように、神かかっていても、自分にも他にも判らないようになって下さい。

鍬を取る百姓が己を忘れ、大地を忘れ、鍬を忘れている境地が、誠・真の身魂鎮めであり、神懸かりなのです。

ここで、啓示や長い言葉のメッセージとして明確なビジョンなどを見せる存在による神かかりとは違うと区別されています。

自らが考え動き、自分の苦労によって人を救うことを行えば、神はその人を助けるようです。 月光の巻は、神懸かりのことなども理解した方々ならば、判別できるようになっていくような内容を含んでいるような印象がします。

昨年の金と銀さんの掲示板への乱入の意図は、わざと怒らせるような内容を投稿し、怒りの霊線で繋げてしまえばたやすく解読も方向性もミスリード出来るという意図の元に行っていた行動かも知れませんね。