■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
人民臣民の始めの喜びは食物です。
次は異性です。
何れも大きな驚きであるでしょう。
これは和すことによって起るのです。
溶け合うことによって喜びとなるのです。
喜びは神です。
和さねば、苦となり、悲しみとなるのです。
先づ自分と自分と和合せよと云っているでしょう。
そこにこそ神の御働きがあるのです。
ですが、これは外の喜び、肉体の喜びです。
元の喜びは霊の食物を食べることです。
その大きな喜びを与へてあるのに、何故、手を出さないのですか。
その喜び、驚きを何故に求めないのですか。
何故に神示を食べないのですか。
見るばかりでは身につかないのです。
よく噛みしめて、味わいて、喜びとしないのですか。
喜びが神であるのです。
次には神との交わりです。
神との交流です。
神との和です。
そこには且って知らない、驚きと大歓喜が生れるのです。
神との結婚による絶対の大歓喜があるのです。
神が霊となり、花婿となるのです。
人民は花嫁となるのです。
この道理は判るでしょう。
この花婿はいくら年を経ても花嫁を捨てはしないのです。
この神との結婚は永遠に続く結びです。
神との結婚です。
何ものにも比べることの出来ない驚きです。
何ものにも比べることの出来ない喜びです。
花婿殿が手をさしのべているのに、何故に抱かれないのですか。
神は理屈では判りません。
神との夫婦の交わりは説明が出来ないでしょう。
神が判っても交わらねば、神と溶け合わねば、真理は判らないのです。
なんとした良いことかと、人民はビックリする仕組になっているのです。
神と交流し結婚した大歓喜は死を越えた永遠のものです。
神と交流し結婚した大歓喜は消えざる火の大歓喜です。
これが誠・真の信仰です。
神は花嫁を求めています。
早く神の懐に抱かれて下さい。
ロックさんの解釈 :(一巡目)
はじめの喜びは犬たちの食べ物または太陽の食事の現状が解決されます。 次は女王のことが解決されます。 何れも大きな驚きで有ろうかと思います。 これは和すこと
(子犬の養子先の方々と話している時などのような状況)
によって起こります。 とけ合うこと (話し合ってお互いが理解すること)
によって喜びになります。
よろこびは神じゃ。 和さねば苦となるぞ。 かなしみとなるぞ。
先づ自分と自分(太陽とひふみの神の子)と和合せよと申してあろうが、そこにこそ神
(あめのひつくのかみ?)
の御はたらきあるのじゃ。 じゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。
元の喜びは霊の食物を食うことぞ。 (ひふみの神の子の好む物を食べること)
その大きな喜びを与えてあるのに、何故手を出さんのじゃ。 その喜び、おどろきを何故に求めんのじゃ。 何故に神示を解読しないのか。 見るだけではミにつかんぞ。 よく噛みしめて味はいて(解読してその真意を理解して)喜びとせんのじゃ。 喜びが神であるぞ (喜びを与えることが本来の神の仕事?)
次には神との交わりぞ。 交流ぞ。 和ぞ。 そこには担って、 (左側の字がないもの)
知らざりしおどろきと大歓喜が生れるぞ。 (解読が成された段階に至ると、女王と会うことになります。 そこで、これまで知らされなかった話を聞いて驚きと大歓喜を感じます。
神との結婚による絶対の大歓喜あるのじゃ。 (女王との結婚による無常の喜びがあるのです。)
神が霊となり花むことなるのじゃ。 (ひふみの神の子が太陽とリンクする形で花婿になります。)
人民は花よめとなるのじゃ。 (雌の人間型皮袋に搭載された女王は花嫁になります。 現時点では王女?)
判るであろうが。
この花むこ(ひふみの神の子)はいくら年を経ても花よめ(女王)を捨てはせぬ。 永遠につづく結びじゃ。 結婚じゃ。
何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。 よろこびぞ。 花むこ(太陽が)どのが手をさしのべているのに、何故に (人間の女王は気づかないのか?)
抱かれんのじゃ。 神は理屈では判らん。 (ひふみの神の子は最初から決めてきたので理屈ではありません)
夫婦の交りは説明できまいがな。 (あまりに当り前すぎて説明する必要もない)
神が判っても交らねば (ひふみの神の子が判っても)
神ととけ合わねば真理は判らん(女王と打ち解けあわなければ本当のことはわかりません)。 なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ
(なんとしたことかと女王の搭載されている人間はびっくりする仕組です。)
または支配層の人間達がやられたと思うほどのびっくりする仕組です。
神と交流し結婚した大歓喜は、死を超えた永遠のものぞ。 (太陽の魂は永遠になる)
消えざる火の大歓喜ぞ (サタンによって消される太陽にとって無上の喜びとなる)
これがまことの信仰、 (自らの死を覚悟しそれに立ち向かい3000年に及ぶ訓練によって、サタンとは対極の精神に克服していった姿を表現している)
神は花嫁を求めて御座るぞ。 (ひふみの神の子は花嫁(女王の出現)を待っています)
早う神のふところに抱かれて下されよ (早くひふみの神のふところに抱かれてください)
二月一日
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