ファティマの予言
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下記の書き込みがありましたので、案内している 「ファティマの奇跡」 については、以前下記のHPでさらりと見たことがあり、 少し読み返してみました。 http://www.osk.3web.ne.jp/%7Easterope/fatima.html を覗いてみました。 読む内に、私の説明していることと同じような内容の事が記載されていました。 不思議なこともあるものだと思いましたら、 【サイバーストーンHP・ファティマの予言】 でした。 相変わらず、コピペしてHPを作っているようです。 それはそれで、皆さんの参考資料になればと思いますし、こんなところで参考にされているのかと驚いたしだいです。
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http://www.asyura2.com/0411/idletalk12/msg/447.html 投稿者 プリズム 日時 2005 年 1 月 19 日 01:05:31:bdat/Cqdiffxo 万事急須さん、こんにちは。 http://www.asyura2.com/0411/idletalk12/msg/436.html 「ファティマの奇跡について」のレスです。 「ファティマの奇跡」 については、以前下記のHPでさらりと見たことがあり、少し読み返してみました。 http://www.osk.3web.ne.jp/%7Easterope/fatima.html 【サイバーストーンHP・ファティマの予言】 ファティマの予言(第3の予言)から少し部分的に気になる表現を抜粋しますと、 「大いなる罰が全ての人類に下るでしょう」 「神は「ノアの大洪水」より厳しく人類を罰したもうのです」 「私は我がイエス・キリストの教会を心から信じる全ての人々、全ての真実なるキリスト教徒、現代に生きる全ての伝道者に呼びかけます。」 という言い回しが私なりに少々気になります。 この予言者は「神の罰」つまり、「神による罰(罪)の宣告」が存在すると言うことを言っております。 「神による罰(罪)の宣告」が存在する為には、人間には何らかの「課題」が課せられているということになります。つまり神の愛を得るためには、ある「課題」があり、そしてその「課題」をクリアできる人と、クリアできない人が存在するということになり、つまりそれは人間には「優越」が存在するということになりませんでしょうか。 つまり「神は罰しますよ」ということは、 「人間には優越がありますよ」 ということにはなると考えられるのかもしれません。 私はこの世には「優越」という見方(価値基準)は存在するとは思いますが、根本的には「優越はない」と考えておりますので、私の真実との相違が見られます。 つまり「優越」を感じる心が、現在の争いの一つの要因になっているものと捉えておりますので、本当に争いを無くそうと考えるのなら「優越はない」とするのではないかと個人的には思うわけです。 (ただ「優越」という価値基準は、それなりの役目を持っているとは思っております) つまり「この予言に従わないと、神が罰する」というような言い回しではなく、 「ある破滅的な予言による結果がある。それを起きないようにする為には、ある原因を止めなければならない。」 となるのなら、話は理解できます。 そしてさらに 「これはどちらを選んでも良い悪いの価値基準はないが、選択するのはあなた方次第だ。強制されるべきことではない」 となっていれば、少しはまともな気もします。 また「神の罰」とは、宗教における洗脳の手段にも使われているもので、キリスト教徒に受け入れやすくとは思いながらも、その言葉をあえて予言として使用することに、疑問を感じてしまいます。 またキリスト教徒限定な話だとしているというのは、少し「排他的」にも思えます。「排他的」というのも争いの要因のひとつであり、また宗教における洗脳の一要因ともなっているものだと思っております。 キリスト教徒に合わせたとは言え、「排他的」な言葉を使うことは、本来のこの予言の趣旨から言うと、とるべき言葉ではなかったかのように思われます。
もしかしたら、何らかの意図に基づいて改ざんされている可能性もありますが。 で、この予言者は何者なのかという問題に移りますと、万事急須さんの予想されることも考えられるとは思います。つまり何らかの霊的な存在(俗に言う天使等)という線も考えられるかもしれませんが、どちらにせよ部分的にキリスト教的な宗教概念を持つ存在なのでしょうね。 また私の考えで言いますと、何らかの知覚ある存在は、全てが絶対的な真理を言うことはできないと、私は解釈しております。 つまり何らかの個性あるものは、ひとつの世界感ひとつの次元で存在するわけであり、自分の知覚できる次元・世界感を超えるものは知覚することはできないと思います。 つまり間違いを起こすというものです。 つまり、間違いのない存在であるとしたら、それは存在すらできないものであると、私は思っております。 但しその発せられる内容は、常に参考にするべきことではあり、自分の真実として取り入れるべきは取り入れることも大切かとも思われます。ただそれらは強制されるべきことでもなく、どちらを選んでも良い悪いは存在せず、優越も存在せず、ただ原因による結果という法則がそこに存在するだけだと思っております。 また今回の予言は「日月神示」や「フォトンベルト」で言われるようなガイア・アセンションなるものではないかと思われます。 各方面の予言が同じ様なことに触れているのは、ひとつの共時性であり、参考にすべきことかもしれませんね。ただ終末的予言については、 http://www.asyura2.com/0411/idletalk12/msg/383.html で書いた通りに私は思っております。 ただ予言云々に関わらず、今のままの観念で人々が行動していけば、結果的にいつかは地球が崩壊していくことになるのかもしれません。 この予言が人々の観念を変えるというひとつのきっかけになればとは思います。 ただし、この予言の言葉の使用法では、観念を変えるどころか「恐怖」を植え付けるだけになり、結果、逆効果なこともあるかもしれないとさえ思っております。 少し長くなりましたので、とりあえずこの辺で。 またこの霊的な予言者の出現や、各地で起きる現象等も、人間の思念の共振作用以外にも、霊界の特殊性によるものがあるのではないかと、想像しております。 少し↓にも私の想像が書いてありますので、ご参考までに。 http://www.asyura2.com/0411/idletalk12/msg/406.html【霊界について】
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