良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO315


二十三夜の月待ち信仰は死神の追悼儀式だった


以下は『月の謎と大予言』(小笠原邦彦著・日本文芸社刊)という本のダイジェストです。

この本は現在絶版になっております。

是非古本屋などで発見されたら購入されてお読みください。


わたし(小笠原)の故郷、十和田地方には古い時代に建てられた石碑が数多く残っている。

最も多いのは「二十三夜」と「三社太神」のコンビ。

次いで「庚申(こうしん)」である。

建立年代は古いもので安永7年、文政8年、天保3年、同6年など、いわゆる 大凶作年にあたるものがとくに多く見受けられる。

この「二十三夜」とは23日の月の出を待つ行事で、いつごろから始まったものかは 分からない。

ただ、少なくとも「十五夜」の行事より以前からあったものと 言われている。

「庚申」は中国の道教の伝説に由来するものである。

庚申の日の夜を不眠で過ごすものだ。

これは、「二十三夜」の行事と結びつき、 二十三夜の夜に行われるところも多い。

二十三夜の行事は、旧暦の正月、8月、12月などに行われていた。

そのときの月の状態で年の吉凶を占うのである。

たとえば、その二十三日の月の出の時刻が

「早ければ吉」

「遅ければ凶」

「月が太っていれば吉」

「痩せていれば凶」

「月が横になっていれば吉」

「立っていれば凶」

「雲がかかっていれば温暖な年」

「晴れていれば冷害」

といった具合である。

このように月によって

「向こう1年の作物のでき具合や天候を占う」

とともに

「豊作を月に祈願した」

のである。

それにしても

「なぜ二十三日の月が重視されたのか?」

という疑問が当然起こる。

おそらく古い時代の暦に関係しているのだろうといわれるが、中国暦移入以前の 和暦がどのようなものであったかは不明である。

しかし手がかりがないわけではない。

その一つが古代ローマ歴である。

古代の暦の多くは月の運行を基準にした太陰暦だった。

紀元前の古代ローマでも、1年を12ヶ月355日とする 太陰暦を用いた時代があった。

この暦では通常の月は30日だったが、調整のために29日の月を設けた。

そして1年の最後の月を23日としていた。

この最後の月の名は

“フェブリアリウス”

といったが、これは英語のフェブラリーである。

つまり、現在では2月の月名になっている。

この古代ローマ暦は1年が355日であるため、 1太陽年とは10日ほどずれる。

そこでこれを調整するために2〜3年に1度

「マケドニウス」

という閏月(うるうづき) を設けていた。

この月の日数が

「23日」

であった。

後年は閏月を設けることをやめ、

「フェブリアリウス月に閏日を追加する」

方法をとったが、その場合も最後の日に加えるのではなく、23日の翌日を また23日とするやり方だったのである。

こうしたところから、古代ローマでは、フェブリアリウス月の23日は特別な 日とされ

「テルミナ」

と称する国家的な大祭日であった。

フェブリアリウスの語源は 「フェブリオ(=死神)」

だといわれる。

つまり現世が終わる(死ぬ)とき、それが

「フェブイアリウス月の意味」

なのである。

この月の

「月齢23日で現世が終わり、まったく新しい世へと生まれ変わる」

そのような思想のあったことがわかるのである。

日本の二十三夜待ちの行事の背景にもこれと同じものがあったのではないだろうか。


千成のコメント

夢見るマダムさんが、10月13日を間違って10月23日と書かれたことが あります。

ひょっとしたら、上の情報にあるように23日を気にしていただくように 無意識のうちに23日と書かされたのかもしれません。

わたしは夢見るマダムさんから、訂正の連絡をいただいた時も、上の情報が ありましたので、訂正せずに一応そのままにしてあります。

みなさんもどこで夢見るマダムさんが間違えたか発見される方もおられると思います。



slicer93@yahoo.co.jp